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Gagma napiri 向こう岸

グルジア映画 (2009)

この映画の紹介は、2022年2月24日に始まったロシアのウクライナに対する侵略戦争に対する世界的な抗議の一端にでもなればと思い、急きょ実施したもので、“現代のスターリン” であるプーチン” 批判を、その原点に遡って明らかにすることを目的としている。

以下の文章は、https://www.history.com/ の「グルジアとの5日間の戦争により、ロシアはなぜ軍事力を再誇示できたのか」(2018.8.8)というサイトと、https://www.atlanticcouncil.org/ の「2008年の南オセチア紛争: プーチンに青信号」(2021.8.7)というサイトを参考にしている。1991年のソ連の崩壊後、連邦を構成していた15の旧共和国の最南西端、黒海東岸のグルジア国内の2つの州、南オセチアとアブハジアで、ロシアの画策を受けて 親ロシア主義者が2001年に内戦を起こし、ロシアはグルジアからの脱退を支援するため軍隊を派遣した〔その後、何度も繰り返されたプーチンの汚い戦争の第一号〕。2004年にグルジアに親欧米の大統領サアカシュヴィリが選出されると、ロシアとグルジアの関係はさらに悪化。2006年、グルジアは ロシアの首相プーチンを、南オセチアとアブハジアの分離主義指導者を支援したと非難。2008年、グルジアの再統合大臣Yakobashviliは、「ロシアによる、何らかの形での併合の露骨な企てが見られる」とコメント。グルジアがアブハジアに飛ばしたドローンがロシアにより撃墜され、ロシアはそれを否定したが〔プーチンは平気で嘘をつく〕、国連の調査で、ロシアの戦闘機から発射されたミサイルで撃墜されたと結論。さらに嘘付きプーチン・ロシアは 「鉄道の修復」と称してアブハジアに非武装部隊を送ったが、それは軍事介入の準備行動だった。そして、2008年8月8日、サアカシュヴィリ大統領は、グルジア軍に自治州南オセチアの州都ツヒンヴァリの占領を命じ、ロシア軍は直ちに軍隊をグルジア国境に移動させ、空爆を実施した。下の1枚目の写真は、翌8月9日、グルジア国内に侵攻していくロシアの軍隊。2枚目の写真は、爆撃を受けたグルジアのゴリの町の惨状。何れも、現在のウクライナそっくりの 汚くて欺瞞に満ち、残酷で非人間的なプーチンらしい攻撃法だ。
アメリカ、イギリス、NATOが停戦を要求したが、ロシア軍はツヒンヴァリを占領。戦車を含む軍隊をグルジアの首都トビリシから30マイルで停止させた。8月12日、ロシア・グルジア戦争は終わり、5日間の紛争で850人近くが死亡し、約35,000人のグルジア人が家を失った。2009年のEUの報告書では、紛争の原因は、ロシアが長期間に渡りグルジアを挑発し、グルジアが放った最初の砲撃に過剰に反応したと結論した。戦後、ロシアは、南オセチアとアブハジアを独立国として正式に認めた〔国連のほとんどの加盟国は、グルジアの一部と考えている〕。このグルジアに対してロシアが仕掛けた戦争に対し、その世界情勢への影響が、2021年の大西洋評議会で検討され、次のような見解が提示された。「13年前、1945年のヒトラーの敗北以来、ヨーロッパは初めて大国の侵略を経験した。ロシア軍は、モスクワと 南オセチアにいるその傀儡が挑発した短い戦争で、グルジア軍を攻撃・敗退させた。それに対する西側の反応は遅く弱かった。クレムリンは、“ロシアに近い外国” で行う自国が行う悪行に対し、西側が無視もしくは矮小化という姿勢で臨むことを学んだ」。実際、グルジア戦争の後、フランスのサルコジ大統領の仲介による停戦合意は、モスクワを支持する一方的なものだった。アメリカのブッシュ大統領は、グルジアの首都トビリシに対する防空兵器の供与要求を拒否した〔2022年3月9日、バイデン大統領もミグ29のウクライナへの供与を拒否した〕。オバマ大統領は、モスクワに「ロシアリセット」を呼びかけ、米ロ関係をリセットしてしまう(右の写真で、2009年3月6日にクリントン国務長官とラブロフ外相が押しているのは、赤いリセットボタン)〔ラブロフは13年後の今も外相〕。こうした反応を見たプーチンは、2014年2月にウクライナのクリミアで欺瞞の親ロシア行動を起こさせ、3月にクリミアを併合する。そして、この際も、無謀で違法な悪行に対する国際的な制裁は、非難の声だけで、実質的には無に等しいものだった。こうして、2度の成功で確信を得たプーチンは、「侵略の利益は、それにかかる軍事費を上回る」と結論付け、今回の対ウクライナ戦争に踏み切った。平気で民間施設にミサイルを撃ち込んで多くの市民を殺傷し、特に、最も危険な原子炉に攻撃を加えて占領し、その口実として、ウクライナのよる核開発疑惑の嘘をでっち上げる。さらに、多くの幻の人道回廊を捏造し、ウクライナのせいで機能しなかったと非難する。こうした行為は、プーチンが第2のスターリン以外の何物でもないことを明確に示している。以前紹介したウクライナ映画『Povodyr(導き手)』(2014)の中で書いたように、スターリンは、1932-33年に、ウクライナの農村に対する極端な政策ホロドモール(Голодомо́р〔「餓死によって殺せ(морити голодом)」 に由来する言葉〕で、推計700~1000万人のウクライナ人を「根絶」している(ナチスによるホロコーストの犠牲者・推定600万人を上回る)。プーチンは、これからウクライナの人々に何をするのだろう? この狂人を見ていると、前記の分析は甘過ぎるとしか思えない。恐らく、彼の狂った頭の中では、“ロシア帝国” の皇帝にならんとする野望が渦巻いているとしか思えない。

この映画は、31の賞の獲得した名作(IMDbは7.7と非常に高い)なのに、なぜ、日本で上映されなかったのかは不明。劇場公開ではないが、香港国際映画祭や釜山国際映画祭でも上映されているのに、日本では、こうした映画祭もパス。わが国の映画配給会社や、映画祭関係者の非国際度が良く分かって悲しくなる。なお、製作国名だが、日本は、2015年4月22日以降、国名をグルジアからジョージアに変更した。しかし、この映画が製作された時点では、グルジアだったので、ジョージアの標記は避けた。この映画は、ソ連の解体後に、ロシアが介入してロシア系住民の多く住むアブハジアが、グルジアからの独立を企て、戦闘行為を起こした初期に、アブハジアのトゥクヴァルチェリからグルジアの首都トビリシに難民として逃げてきた少年テドの物語。映画で描かれている時代は、その7年後。ロシア・グルジア戦争のあった2008年の直後。ロシア軍の砲撃で破壊されたトビリシが最初の舞台。トゥクヴァルチェリから逃げて来たのは、テドと母だけで、父は 病気が重くて移動を医者から禁じられたため、トゥクヴァルチェリに残したまま、その後の消息は途絶えている。そして、母は生計を立てるため売春婦として働いている。そうした現状に嫌気がさしたテドは、父のいるトゥクヴァルチェリに行こうと無謀な旅に出る。ここからは、ロードムービー。友達から、アブハジアでグルジア語を話したら命がないと入れ知恵されたテドは、聾唖者を装って国を分ける橋を越えてアブハジアに入る。そして、大変な苦労の末にトゥクヴァルチェリに辿り着くのだが…

主役のテドを演じたのは、Tedo Bekhauri(თედო ბექაური)。ファーストネームはテドだが、ファミリーネームの発音は不明。撮影時の年齢も不明〔グルジア語の2021年1月のサイトに、「テドは24歳で結婚している」と書いてあったので、2008年に撮影が行われたとしたら、11-12歳となる〕。これが映画初出演。国際アンタルヤゴールデンオレンジ映画祭(トルコ)、ダッカ国際映画祭(バングラデシュ)、パームスプリングス国際映画祭(アメリカ)の3つの映画祭で主演男優賞を獲得している。

あらすじ

朝、湖畔のあばら家から出てきたテドと母は、2008年とは思えない旧式のバスに乗って首都トビリシに向かう。アブハジア難民の母は、売春婦として生計を立て、テドは何もすることがないので、自動車修理屋の仕事を手伝ってみる(1枚目の写真)。店の親爺が、「ありがとよ。親切だな」と言うので、これが初回で アルバイトではない。することのなくなったテドが 店の中で座っていると、親爺が 「幾つだ?」と訊く。「12」。「学校には行ってるか?」。テドは激しく首を横に振る。「それでいい。読み書きなんか要らんからな」。中で働いていた男が、「その子は、難民だ。俺が通りで見つけた」と話す。次にテドがやったのは、パンク修理のために傾けてあった車を、台車〔正式名称不明〕を使って元に戻し、その台車を引っ張って店の前に持ってくること(2枚目の写真)。この手助けが終わると、テドが街を歩くシーンがあるが、ほとんどの店は閉まっている。営業していた “加工した食料品を中心に販売している店” の前でテドが中を見ていると、店の女性が 「元気かいテド」と声をかけるので、こちらは顔見知りのようだ。「順調?」。テドは肩をすくめる。「あんたのママなら 小屋で働いてるか、ゴギャのバーにいるわよ」と教える(3枚目の写真、矢印)〔左側のアーケード商店街は真っ暗〕。そんなことなど百も承知のテドは、まずバーに行ってみるが、そこに母はいない。“小屋” の前でうろついていると、テドを知らない売春仕切り係の女性から、「ここで、何してるの? ポリ公を呼ぶ前にとっとと失せな!」と追い払われる。
  
  
  

テドは、犬しかいないガランとした通り(1枚目の写真)を出ると、行きはバスに乗ったくらいなので、かなりの距離を歩いて自宅のあばら家まで帰ってくる(2枚目の写真)。すると、家の中から、笑い声が聞こえる。テドが窓から覗くと、家の中では、2人の中老の男性と、若い女性3人が酒を飲みながら笑っている(3枚目の写真、矢印は母)〔母は、いつの間に帰宅したのだろう?〕。男の一人が、「俺には金がある」と言うと、母は 「分ってるわ。何でもやってみせるから」と応じる。「たっぷり稼げるぞ」。
  
  
  

ドアが開く ギーという音がし、母が振り向くと、テドがこちらを見ている(1枚目の写真)〔テドの眼は内斜視〕。居づらくなったテドは、ドアを開けたまま外に出て行く。母は、ドアから戸口に立って、「テド」と呼びかける(2枚目の写真)。振り返ったテドは、何とも言えない顔をする(3枚目の写真)。
  
  
  

テドは、再びトビリシまで行くと、木の塀の板をずらして中に入る。そこは、恐らく、立入り禁止になっている “戦争で廃墟になった煉瓦の建物の残骸”。テドが、真っ暗な中でマッチを擦って、「チュパク」と何度も呼ぶと、遠くから 「テド、お前か?」と返事がある。「ああ」。「叫ぶのはやめて、こっちへ来い」。テドが奥に入って行くと、中には、焚き火の前に1人の少年と、1人の青年が座っている(1枚目の写真)。チュパクが、「座れよ」と言い、テドは2人の前に座る。「ビールを飲め」。テドは首を横に振る。「なら、ソーセージを食え」。エドは、置いてあった輪切りのソーセージを1つ取ると、皮を剥いて口に入れ、横に置いてあったパンも一緒に食べる。チュパクと一緒にいた青年が、「お前も難民か?」と訊く。テドは頷く。「どこから来た?」。チュパクが代りに答える。「トクヴァルチェリ」〔発音は、ワチェレリと聞こえる〕。青年は、ロシア語で、「トクヴァルチェリのことは忘れろ。今や、ただの廃墟だ」と言う。チュパクは、「彼は、トクヴァルチェリは もうなくなったとい言ってる」とテドに訳して聞かせるので(2枚目の写真)、テドにはロシア語が理解できない。「父さんが、そこにいる」。「生きてるのか?」。テドは大きく頷く。「そうかな? いつ逃げ出した?」。「7年前」〔解説で、「アブハジアで… 親ロシア主義者が2001年に内戦を起こし」とあるが、2008-7=2001なので、このことを指すのであろう〕。ここで、チュパクが、「父さんが生きてるんなら、なんで一度も会ってないんだ?」と訊く。青年は、「彼は多分死んでる。アブハジアの奴らが何をしたか知ってるだろ? 何もかも取り上げ、奴隷のように扱った。住む場所も、食事も与えず。せいぜいが、スープとリンゴだけ」と言う(3枚目の写真)。今度は、チュパクが一般論ではなく、自分のおぞましい体験を語る。「奴らは、僕の父さんを庭で殺し、ロープに結び付けると、スタジアムまで引きずって行ったんだ」。ここまで話すと、青年は立ち上がり、チュパクにお金を要求する。渡された金額が少ないと文句を言われると、チュパクは、「仲間がいないから無理なんだ」と答える。それを聞いたテドは、「仲間になる」と言う。チュパクは、「ポリ公に捕まったら、監獄行きだぞ」と警告するが、実入りが多い方がいい青年は、「試してみろよ」とけしかける。
  
  
  

チュパクは 焚火の場所に戻ってくると、青いポリ袋に白い接着剤を流し込む(1枚目の写真、矢印)。そして、それを吸いながら(2枚目の写真、矢印)〔シンナー遊びによるトルエン中毒〕、変なことを話し始める。「昨日、トラが来た。デカい奴だ。何匹も。すぐそばまで。触れるくらいだ。シマウマの臭い知ってるか? ゾウもいっぱいいたな、7、8、9頭かな。キリンもだ。数頭だ…」(3枚目の写真)〔映画のラストと結びつく〕
  
  
  

そして、翌日。チュパクは、如何にも金持ちそうな男が、車を降り、電子ロックするのを見て、この男をターゲットに選ぶ(1枚目の写真)。①チュパクが、袖の中に隠し持った鋭い穴開け錐で、左後輪〔運転席から一番遠い〕のタイヤをパンクさせる(2枚目の写真)。②男が買い物を終えて車に戻って来ると、テドが近づいて行き、パンクしていると教える。③男がトランクを開けると、テドが 「手伝おうか?」と声をかけ、冒頭の自動車修理屋でやっていたように、素早く上手にタイヤを交換する(3枚目の写真)。④その間に、チュパクは運転席から何かを盗む。⑤パンクしたタイヤをトランクに入れたテドに、お礼として、男はポケットにあったコインを数枚渡す〔ケチ〕。⑥テドが隠れ家の廃墟に向かって走っていると、チュパクが口笛で呼び止め、盗んだ男の財布からお札を取り出し、「君の分」と言って渡す(4枚目の写真、矢印)。そして、同じ額を取り出し、「僕の分」と言ってポケットに入れる。そして、残った1/3を、「これは、ゴシュカの分」と言って、反対側のポケットに入れる。
  
  
  
  

テドがバス乗り場まで行くと、バスのエンジンがかかり、“お客” が母と別れを惜しんいる(1枚目の写真)。テドは、そこに出て行きたくないので、隠れて様子を見ている。バスの運転手が、苛立って警笛を鳴らしたので、母はしつこい “お客” を振り切ってバスに乗り込む。それまで待っていたテドは、バスが動き出すと、隠れていた所から走り出て、バスの車体を叩いて止め(2枚目の写真)、バスに飛び乗る。そして、通路を前に進んで 母の真横まで行く(3枚目の写真)。
  
  
  

テドは、危険な思いをして稼いだお金を全部 母のバッグの上に置く(1枚目の写真、矢印)。そして、「母さんには、もう働いて欲しくない」と言う。この、“心の叫び” に対し、母は 全く応えず、お礼すら言わず、「このお金、どこにあったの? 誰にもらったの?」と訊き、テドが黙っていると、「盗んだの?」と訊く。テドは頷く(2枚目の写真)。母、「神様、お許し下さい」と言っただけ。このあと、バスはトビリシ湖畔を走る。3枚目の写真のような不可思議な場所も映るが、いずれも場所は特定できなかった〔ジョージアには、グーグルのストリートビューがほとんどないし、あったとしても2008年とは様変わりしている〕。バスは、テドと母のあばら家の前で停車し、2人は家に向かって歩いて行く。
  
  
  

翌日、窃盗の2回目。チュパクは、ゴルフIIIカブリオレを見つけ、さっそく左後輪のタイヤをパンクさせる。持ち主の女性が買い物から出て来きて、テドがパンクを知らせるところまでは同じ(1枚目の写真)。しかし、女性がトランクを開け、テドが必要なものを取り出し、女性がトランクを閉めようとすると、運転席を覗いていたチュパクと目が合ってしまう(2枚目の写真)。チュパクは、よせばいいのに、運転席にあったハンドバッグをかっぱらって逃げる。女性の叫び声で、店から警備員が飛び出て来て、チュパクはすぐに取り押さえられる。テドも逃げ出し、別の警備員に追われ、必死に逃げる(3枚目の写真)。警備員が中年で、テドが走り慣れていたからか、距離は徐々に離れ、逃げ切ることに成功。
  
  
  

しかし、テドが何とか家に辿り着くと、家の前には旧ソ連のボロ車ラーダ2101が停まっている。そこで、気付かれないように そっとドアを開け(1枚目の写真)、中に入り込んで寝室を覗くと、母が男と抱き合っている(2枚目の写真)。「母さんには、もう働いて欲しくない」という希望を無残にも打ち砕かれたテドは、家を飛び出し、象徴的な夕陽の黒い斜面を一気に駆け降りる(3枚目の写真、矢印は斜面頂部のテド)。
  
  
  

テドが向かったのは、いつかの隠れ家。棚の中からリュックを取り出し、上着とズボン、さらには、食料品の缶詰やパンを取り出す。履いているズボンを脱いで丈夫なズボンに替え、リュックの中に巻いた毛布を押し込み、外に出たところで、ゴシュカに背中をつかまれる。そして、振り向かされると、「ここで何してる? チュパクはどこだ?」と訊かれる(1枚目の写真)。「捕まった」。「『捕まった』って、どういう意味だ?」。テドは、こんなことになった責任はゴシュカにあると思い、手を払いのけると、「逮捕されたんだ!」と怒ったように言う。「お前も、追われてるんだな。どうする気だ?」。「トクヴァルチェリに行く」。「バカ言うな。アブハジアの奴らに殺されるぞ。分からんのか?」。「父さんを見つけなきゃ」。「もう死んでるぞ。言ったろ、奴ら、グルジア人を憎んでるんだ。親爺さんみたいに、殺されたいのか?」。テドは、「僕が、グルジア人だって、なぜ分かる?」と訊く(2枚目の写真)。「ロシア語、話せるか?」。首を横に振る。「アブハジア語は?」。首を横に振る。「なら、グルジア人だ」。テドは両目を思いきりつむる。ゴシュカは、トクヴァルチェリ行きを止めさせるのは あきらめ、「知恵を貸してやる。橋〔グルジアとアブハジアを分けるイングリ川に架かる橋〕を渡ったら、おしでつんぼになれ。手を使うんだ」と言い、両手で口や耳を叩いたり、手をひらひらさせる。「いいな?」。「分かった、そうする」。「2ラリよこせ」〔グルジアの通貨。2008年の価値は不明〕。「なんで?」。「知恵はタダじゃない」。テドはお札を渡して別れる(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

駅まで行ったテドは、動き始めた列車に飛び乗る(1枚目の写真)。それを見つけた車掌は、「どこに行くんだ?」と訊く。「ズグディディです」〔トビリシの西北西約250キロ、アブハジア国境から僅か5キロほどの近くにある都市〕。車掌は、切符もチェックせず〔多分、テドは切符など持っていない〕、「3等車に行け」と無賃乗車させてくれる。この車両は、進行方向左側に対向1席、右側に対向2席の座席があり、イスの背もたれの代わりに、鉄板が仕切りとなっている〔決して快適とは言えない〕。テドは左側の1人席(進行方向)に、リュックを抱いて座る(2枚目の写真)。しかし、時速60キロほどのゆっくりしたスピードでは、終点に着くまでに4時間以上、この狭くて座り心地の悪い空間で我慢しなくてはならない。窓の外はだんだん暗くなり、テドも眠たくなる。テドは3等車を抜け出すと、少し開いていたドアから、中に寝台があると分かると、上段のベッドにリュックを投げ、それを枕にして体を横たえる(3枚目の写真)。テドがぐっすり眠っていると、突然、ドアが開き、「こんなとこで何しとる。起きろ! ここから出ろ!」と 車掌に追い出される。大事なリュックが置いたままになっていたので、テドは必死になって車掌をかいくぐり、リュックを取りに走る。リュックを持ったテドを、車掌は 「お前のせいで首になるもんか」と言うと、動いている列車のドアを開け、テドを夜の闇のへと突き落とす(4枚目の写真)。
  
  
  
  

線路際に、赤い三菱モンテロスポーツが停まっていて、2人組が、ナンバープレートを交換している。盗難車だ。うち1人は、取り外したナンバープレートを捨てに行く(1枚目の写真、矢印)。捨てて戻ろうとした時、岩陰に毛布に包まれた人の姿が見える。1人が小石を毛布に向かって投げると、目を覚ましたテドが体を起こして、男達を見る(2枚目の写真)。テドは、毛布をリュックに入れると、背負って歩き始める。少し、びっこをひいているのは、列車から突き落とされた時に、脚を打ったのであろう。男Aが、「坊主、こっちへ来い」と、呼び止める。男Bは、「ここで、何してる?」と訊く。「寝てた」。「寝る場所がないのか? 家がないのか?」。テドは首を横に振る。男A:「お前、難民か?」。今度は頷く。そして、またびっこをひいて 歩み去る。テドが線路に沿って歩いていると、さっきの車が追い越して行き、停車するとバックし、助手席の男Aが、「どこに行く?」と訊く。テドは、線路の先を顎で指し 「あっち」と言う。男Aは、「乗れよ。俺たちもそっちに行く」と言うと、助手席を降りて、テドを助手席に座らせ、自分は、「昼寝がしたい」と言って後部座席に移る(3枚目の写真)。運転席にいる男Bは、剥き出しにしたコード同志を接触させてエンジンを掛ける〔盗難車なので、キーがない〕。車が動き始めると、後部座席のAが 「で、どこに行くんだ?」と訊く。テドは、言うのを渋っていたが、2人に催促され、「トクヴァルチェリ」と答える。A:「なんで、そんなトコ 行くんだ?」。「父さんに会いに」(4枚目の写真)。B:「母さんは?」。「いない」。A:「一人ぼっちか?」。頷く。「だから、アブハジアなんかに行くんだな?」。頷く。B:「怖くないんか?」。頷く。テドを乗せた車は、線路沿いの未舗装道路を出て 舗装道路に合流する。
  
  
  
  

車がしばらく走っていると、道路沿いにバス停があり、その前に赤い服の若い女性が立っている。Aは、Bに 「車を停めろ。彼女を乗せる」と言い、車は、女性を通り過ぎた所でUターンする(1枚目の写真)。そして、再度Uターンして、女性の前で停まり、言い出しっぺのAが、「どこに行くんだい、カワイ子ちゃん?」と声をかける。初対面で、そんな呼びかけをする者にロクなのはいないので、女性は何も答えない。「乗ってかないか?」。「結構よ」。B:「かまうなよ」。A:「俺の勝手だろ」。Aは、車から離れて立っている女性の所まで行くと、「心配するなよ。見てみろ、子供が一緒だぞ」と言う。女性は、助手席にテドがいるのを見ると、安心して後部座席に乗る。Aが、女性に話しかける内容は、だんだんエスカレートしていく。「何て名前だい?」「ボーイフレンドはいるんか?」「キスしたことは?」「キスしていいか?」。ここで、女性は、テドの方を見る。AはBに車を停めろと言う。車が道路脇に停まると、Aは、一旦車を降り、女性が座っている反対側のドアを開け、手に触れて 「一緒に歩こう」と誘うが、女性は拒否。その時も、助けを求めるようにテドを見る。女性が外に出ようとしないので、Aは無理矢理 後部座席に入り込み、Bに車を出せと命じ、車が動き出すと、嫌がる女性の頬にキスし、胸をはだけ始める。こうした行為は母を思い出させるため、我慢の限界を超えたテドは、「この豚野郎!」と言って、Aに襲いかかるが、Bはテドの頭髪をつかんで引き戻す(3枚目の写真)。そして、テドとBの争いとなる。Bは車を停めると、テドとリュックを放り出し、犠牲者の女性を乗せたまま走り去る。
  
  
  

次のシーンでは、テドが線路沿いの 砲撃で半分破壊された駅舎の前で台車に座っていると、貨物を牽いた電気機関車が停車する(1枚目の写真、矢印はテド)。これ幸いと、テドは最後尾の無蓋貨車に乗り込み、外から見えないように横になると、リュックを枕に眠る(2枚目の写真)。
  
  

テドは、ズグディディの駅で貨車を降りた後、駅前に停まっていたバスをじっと見つめる。そのバスの窓に貼った紙に書かれた4文字は、「ხიდი〔橋〕」。テドは、運転手に 「橋まで連れて行ってくれる?」と訊く(1枚目の写真)。運転手は、テドの身なりを見て、「乗れ」と言う。テドは 恐ろしく旧式のバスにタダで乗る(2枚目の写真)〔バスのフロントガラスの紙の文字は、先ほどの文字と違うように見えるが、グルジア文字の書体の1つ〕。バスはすぐに動き出すが、女性が 後部ドアを叩き、「バスを停めて、お願い!」と叫ぶ。バスが停まると、若い男性と、中年の女性が乗り込んで来る。男性は、女性が地面に置いた小麦の大袋2個をバスに運び入れるのを手伝い始める。それを見ていたテドも、一緒になって運び上げる(3枚目の写真)〔男性と女性は、他人同士〕
  
  
  

若い男性は、テドと一緒に、バスの最後尾に座る。そして、「どこから来た?」と尋ねる。テドは、相手が、アブハジア人かもしれないので、怖くて黙っている。「ケンカした?」。頷く。「これから、どこに行く?」。テドが、相手が優しそうなので、「橋を渡るんだ」と打ち明ける(1枚目の写真)。それを、1つ前の座席に座った中年女性も聞いている。「それから?」。「トクヴァルチェリに行く」。「今日、トクヴァルチェリに行くには、もう遅い。今夜は 私の家で泊るといい。明日、トクヴァルチェリまで車で送ってあげる。一緒に飲もうじゃないか」。テドは思わず笑顔になる。そして、バスは、イングリ川のグルジア側の検問所に着く。テドは、小麦粉の入った袋を、若い男性と一緒に馬車まで運ぶ(2枚目の写真)。そして、検問所のゲートが開き、馬車は橋に向かって進んでいく(3枚目の写真)〔左端の国旗は、2004年まで使われていたグルジア国旗。この映画は2008年のグルジアを描いているはずなので、ボルニシクロスの国旗に変わっているはず。なぜだろう?〕
  
  
  

馬車は、長い橋を渡って行く(1枚目の写真、黄色の矢印は馬車、紺色の矢印は橋の中間にあるロシアの検問所)。この橋は、恐らく現存していない。現在のイングリ川を渡る橋は、この橋が架かっていたと思われる場所の7キロほど上流にある。検問所の手前には、ロシア語で「ПЛОЩАДКА ОЖИДАНИЯ ДОСМОТРА МАШИН(車両検査の待機場)」と書かれた看板が立っている。この馬車以外に何もいないので、馬車はそのまま真っ直ぐ検問所に向かう(2枚目の写真)。この変な橋は、鉄筋コンクリートでできた下路のアーチ橋。馬車の右に見える得体の知れないものは、アーチ型をしたコンクリート。同じようなタイプで日本最大のものは、3枚目の写真の大原橋(岡山市、1942年)〔鉄の入手が困難だった時期に造られた〕。検問所にいたのは、20歳前後のロシア兵。1人ずつ紙を出させて本人確認する〔通行許可書か身分証明書かは不明〕。馬車の最後尾に座っていた “若い男性” の紙を見終わると、残るはテド1人。彼は、そんな紙など持っていない。テドが何もしないと、ロシア兵は 「どこに行く?」と訊く。テドを可哀想に思った “中年の女性” は、「私の孫です」と言う。「お前の孫か?」。「はい、孫です」。「そこにあるのは何だ?」。「ただの小麦粉です」。「なら、100ルーブルよこせ」(4枚目の写真)〔当時の換算レートで418円〕。女性は、100ルーブル渡し、兵士は当然のように受け取る。次に、兵士は、女性のバッグ〔ただ、映像では、女性の座っている席の後ろを見て話しているので(そこには女性のものは何もない)、ひょっとしたらテドが肩にかついでいるリュックを指しているのかもしれない〕を見て、「お前のか?」と訊き、「もう、200ルーブル寄こせ」。「もう、お金ありません」。「なら、ここに置いていけ」。どん欲なロシア兵は そう言うと、仲間の方に歩いて行く。仲間は、この兵士の賄賂要求は当たり前の行動なので、何も言わない。
  
  
  
  

“若い男性” は、テドに微笑みかけると、馬車を降り、兵士に掛け合いに行く。「なあ、ゲートを開けてくれよ」。「金を渡せば、すぐ開けてやる」(1枚目の写真)。「彼女にはお金がないんだ」。「なら、お前が代りに払え。誰が払おうと、俺は一向に構わん」。「私も、金を持ってない。お願いだ、開けてくれ」。「くそったれ!」。「無礼じゃないか!」。「失せろ!」。「なんだ、それ?!」。プーチン2世のような、キチガイ兵士は、カラシニコフのトリガーをカチャリと引き、“若い男性” の腹に銃口を押し付けて怒鳴る。「失せろ! クソ野郎!」。怒った “若い男性” は、テドの顔をチラと見ると、兵士の顔を殴る。その途端、機関銃が連射され、“若い男性” は腹を撃たれて死亡する(2枚目の写真)。銃声を聞いて、検問所の所長が建物から出てきて、部下の不始末に驚き、拙い証拠をこれ以上見られないよう、馬車をさっさと通過させる。“若い男性” の死体は、恐らく秘密裏に処分されるのであろう。ロシア兵なら、そのくらい日常茶飯事だ。彼らには人間性のかけらもないのだから。馬車は、大急ぎで橋を渡り、アブハジアの検問所をくぐる(3枚目の写真、右側の国旗はアブハジアが主張しているもの)。
  
  
  

“中年の女性” は、テドの助けを借りて、小麦粉の袋を馬車から茶色のバンに移す。それが終わると、女性は、「あんた、何て名? どこに行くの?」とテドに訊く。「トクヴァルチェリ」。「もう遅いわ。それに、ここじゃ何が起きるか分からない」。そう言うと、前に停まっている緑のバンの運転手を、「ジヴィ、こっちに来て」と呼ぶ。そして、「この子をオチャムチラまで連れてって、眠る場所を見つけてくれない?」と頼む(1枚目の写真、黄色の矢印がテド、ピンクの矢印が女性)〔オチャムチラは、橋があったと推定される場所の北西約30キロ、トクヴァルチェリは、その北東約20キロにある〕。「いいとも。いっしょに来な」。その後、バンが、黒海沿いに走る短いシーンがある〔オチャムチラは黒海沿岸の村〕。辺りが真っ暗になった頃、バンは、一軒の家の前で停まる。2人は、鉄でできた装飾的な門扉の前まで行くと、ジヴィは、「ダウール!〔アブハズ語〕と、20mほど先の家に向かって叫ぶ。それを聞いて、1人の老婆が玄関に姿を見せる。「ジタ、ダウールはいるか?!」。ジタは、門扉の所までやってくる。「ダウールは、すぐ戻るわ」。「俺は、これからスフミまで行かんといかん〔スフミは、オチャムチラの北西約50キロにある港湾都市〕ジタ、頼みがあるんだ」。「何なの?」。「このガキは、トクヴァルチェリに行かんといかん。今夜、泊めてやれんか? トビリシからやって来て、疲れてる」。敵国の名前が出て来たので、ジタは、「トビリシから?」と訊き直す。「ああ、それがどうかしたか?」。「ダウールは、嫌がるだろうね」。「なんで?」。「イラつくと思うわ」。「俺が連れて来たと言えば、大丈夫さ」。それを聞いて、ジタはようやく門扉を開く。ジヴィが去ると、ジタは、「ついてきなさい」とテドに言う。家の中では、ジタがテドに夕食を用意してくれる。「何て名前なの?」。テドは、ロシア語がわからないので、バッグを手で抱えたまま ただ突っ立っている。「ロシア語、話せないの?」。テドは、ゴシュカに教わったように、手で口と耳を叩いて、手をひらひらさせる。「口もきけないの?」。テドは、ただうつむく。「そんなとこに立ってないで、上着を脱いで」。そう言いながら、ジタは手と体で表現する。「来て、座って」。テドは、食卓に座る。結構豪華な食事が用意される。テドが壁に目を向けると、そこには、テドよりは年上の少年の写真が飾ってある。ジタは、「お食べ」と、手で示すと(3枚目の写真)、2階に上がっていく。
  
  
  

すると、ジタの夫ダウールが家に入って来る(1枚目の写真)。見知らぬ少年が食卓についているのを見たダウールは、「ジタ」と呼ぶ。ジタが2階から降りてくると、「このガキは誰だ?」と訊く。「トビリシから来た子よ。口がきけないの」。「こいつ、グルジア人か?」。「分らないわ。ジヴィが ここまで連れて来たの。トクヴァルチェリに行くんだって」。ジヴィの名が出たので、ダウールは テドを追い出しはしなかったが、はなはだ機嫌が悪い。テドの向かい側に座った夫の前に、ジタがウォッカのボトルを置く(2枚目の写真)。ダウールは、ショットグラスに1杯飲んで テドをじっと見る。これでは、テドが食べられないと感じたジタは、「この子、眠そうだから、部屋に連れて行くわ」と言う。「ダメだ。ここに いるんだ」。ジタは、夫の横に座ると、「もう飲むのはやめて、寝たら?」と諫める。「でしゃばるな」。「お願い。お客がいるのよ」。「どこに? このクソガキか? ジヴィの奴め、ぶっ殺してやる。こんなのをウチに連れてきやがって。グルジア野郎を、俺のウチにだぞ! よく聞け、クソガキ、戦争は俺から息子を奪った。一人息子をだ」。「この子には、分らないのよ。聾唖だって、言わなかった?」。ダウールは、壁の息子の写真を見て、「神よ、彼を哀れんで下さい」と言いながら、ウォッカをもう1杯飲む。そして、同じ量をショットグラスに注ぐと、テドの前に置き、「飲め」と言う。ジタが、「この子に構わないで。まだ、小さいのよ」と言うと、「息子と、そんなに変わらんぞ」と言い、「ガキんちょ、飲め」と、手振りで言う。テドは、ショットグラスを取ると、一気に飲み干すが(3枚目の写真、矢印)、あまりの強さに思わず手で口を押える。その時、壁に掛けた鳩時計が、11時を打ち始め、鳩が顔を出す。テドは思わずそちらを見上げてしまう。耳が聞こえないなら、音に反応するはずはないので、この時、嘘が見破られたに違いない。しかし、ダウールは、ただ、「彼をベッドに連れていけ」と言っただけ。
  
  
  

夜、テドが寝ていると、ドアがギーっと軋みながら開く音で目が覚める。ドアから入って来たのはランプを手にしたジタ。それを見たテドは、いつもの癖で目を思い切りつむる。ジタはランプをテドの顔に近づけるので、テドが眠ってなくて、意図的に目を閉じているのに気付く(1枚目の写真)〔つまり、ドアの開く音で目が覚めた〕。このことは、鳩時計の音が聞こえたことと合わせ、恐らく、ジタの疑いを確信に変えたであろう。ジタは、ランプをテーブルに置くと、火を吹き消し、床に散らばっていたテドの脱ぎ捨てた服を拾い、部屋を出て行く。ドアが閉まると、テドはベッドから出て、リュックをベッドの下に放り込み、それを枕にして横になる。そして、朝。ベッドの下で寝ているテドの頭の前には、靴がきちんと揃えある。その横のイスの上には、シャツが折り畳んで置かれ、イスの背には上着とズボンが書けてある(2枚目の写真)。ジタが、後からしたことで、その時には、彼がベッドの下で寝ていることも把握したに違いない。ここで、雄鶏の鳴き声がして、テドが目覚める。テドは、きちんと置かれた服を見て驚くが、きっとまだ2人とも寝ていると期待し、急いで服を着て こっそり階段〔正しく言えば、木の梯子を歩き易くした物〕を降りると、玄関を出て、そのまま門扉に向かう。すると、背後から、ダウールの 「どこに行く?」と言うグルジア語が聞こえる(3枚目の写真)。テドは、思わず足を止めて振り返る。
  
  
  

ダウールは、「この嘘つき」とは言わず、「腹が空いてるだろ。食ったら、道を教えてやる」と言う。その声で、姿を見せたジタは、「さよならも言わずに出てくのかい?」と言う。ジタは、テドに寄って行くと、「おいで」と優しく言い、テドは、嘘がバレて恥ずかしそうな顔になる。次のシーンでは食卓についたダウールとテドに、ジタがハチャプリ〔平たいチーズパン〕を持ってくる。テドが、4分の1に切ったハチャプリを手に取ると、ダウールが 「なんでトクヴァルチェリに行きたいんだ?」と尋ねる。「父さんが、いるから」(2枚目の写真)。「お前の家族は、戦争の間に逃げ出したのか?」。テドは頷く。「なんで親爺さんは、留まった?」。「病気で、お医者が動かしちゃダメだって」。「お前は幾つだった?」。テドは親指を折って、「4」という数字を見せる。それに同情したダウールは、「もっとハチャプリを取れ」と言い、ジタも 「もっとお取り」と言う。テドがもう一切れ取ると、また鳩時計が鳴り出し、テドは笑顔になる。次のシーンでは、もう家の外の道路。ダウールとテドが道端に放置されたタイヤの上に座っている(2枚目の写真)。すると、トラックが走ってくる音が聞こえる。ダウールは立ち上がると、トラックに向かって歩いて行き、「止まれ」と声を上げる。そして、停車したトラックの運転手に、「トクヴァルチェリに行くか?」と訊く。「ああ」。「この子を 連れてってもらえんか?」。「乗れよ」。2人は助手席側に回ると、トラックのドアの位置が高いので、ダウールがテドを持ち上げて乗せる(3枚目の写真)。最後に、ダウールはテドの手をトントンと叩いて別れを告げる。
  
  
  

運転手は、山道を運転しながら、昔知っていたテドと同年代の少年について延々と話を続ける(1枚目の写真)。テドも なんとなく嬉しそうな顔で聞いているので、相手は、テドが アブハズ語の会話が通じていると思い込んでいる。その思い込みが破られるのは、そのヴァレラという少年の悲劇の死を、「ある日、突然いなくなった… 起爆装置で殺されたんだ」と話したにもかかわらず、テドが曖昧な笑顔を続けていたから(2枚目の写真)。運転手が、「お前、幾つだ?」と訊くと、テドはニコニコして頷く。「何を、笑ってる?」。ここで、運転手は、ロシア語に切り替え、「アブハズ語を話せんのか?」と訊く。テドは頷く。「アルメニア人か?」。首を横に振る。「どこから来た?」。「グルジア」〔ここの会話の設定は、絶対に間違っている。①テドはロシア語が話せないので、的確に答えられる訳がない。②もし、DVDのフランス語とドイツ語の字幕が両方とも間違っていて、ロシア語ではなく、グルジア語で話しかけたとしても、「アルメニア人か?」「どこから来た」などと訊くハズがない〕。その先、会話は途絶える。急な坂道の曲がり角まで来ると、古いトラックは オーバーヒートして動かなくなる(3枚目の写真)。運転手はトラックから降りると、前輪の後ろに、動かないように石を置き、近くの渓流に冷たい水を汲みに行く。そして、ボンネットを開け、冷水を注いで冷やすと、再び運転席に上がる。そして、エンジンをかけようとするが、うまくいかない。運転手は、テドに、「石を外せ」と言う。テドは、前輪の石を外す。すると、トラックは、坂道なのでバックし始め、その途中でエンジンがうまくかかる。そして、トラックは、先ほど停止した場所を無事通り過ぎ、カーブを回ってさらに坂を上って行く。途中で停まる様子はない(4枚目の写真)。そのトラックをじっと見ているテドの顔で、この場面は終わる〔結局、テドはトラックに乗れたのか? それとも取り残されたのか? この風景のどこにも雪はない。もし、取り残されたのなら、テドは何時間も歩いたのか?〕
  
  
  
  

かつて鉱山の町として栄えたトクヴァルチェリは 標高526mの山中にあり、ロシアが介入したグルジアとの分離紛争中は、グルジア軍によって413日間にわたって他の地域から遮断された。現在は、ソビエト時代のアパート1棟に1・2家族しか住んでいないような状況だと、「The Ghost City」という標題の記事に書かれていた(1枚目は、そのサイトに掲載されていた写真)。アパートの階数がこの写真より低いので、ロケ地は別の場所だと思うが、雪の中に、ソビエト時代のお粗末なアパート群が並んでいるのはよく似ている(2枚目の写真)。建ち並ぶアパートには、破壊の後が多く残り、誰も住んでいる様子はない。その先、テドは、どうやって父のいたアパートに辿り着いたのであろう? 途中、小川に掛かった木の板(橋)を渡るシーンがあるので、4歳の時の記憶に頼ったとしか思えない。テドは1つのアパートに入り、階段を登る。このアパートの中も、荒れ果てている。階段を上がったところにあるドアは閉まっていたが、そこがテドの一家の部屋。ドアは、手で押しただけで簡単に開く。一歩中に入ると、家具は倒れ、窓はなく、雪が舞い込んでいる(3枚目の写真)。そんな破壊された部屋の中で、テドは床に放置されていた “懐かしい黄色のアヒルのおもちゃ” を見つけ、外れていた輪を取り付け、昔やったように引っ張ってみる(4枚目の写真、矢印)。そして、そのアヒルもリュックに入れ、立ち上がると 部屋に別れを告げる。
  
  
  
  

テドが、アパートを出て、雪の降りしきる中、かつてのバス停(?)の屋根の下で座っていると(1枚目の写真)、1人の老婆が 近くの掘立小屋から出て来る。テドの前まで来た老婆を見て、テドは嬉しそうに、「ごきげんよう、マロ伯母さん」と声をかける(2枚目の写真)。「誰だい?」。「テドだよ」。「ケトの子かい?」。テドは笑顔で頷く。「どこから来た?」。「トビリシだよ」。「ここで、何しとる?」。「父さんに会いに」。「安心おし。彼は生きとる。じゃが、結婚したし、ここにはもう住んどらん」。それを聞いたテドはがっかりする。「どこに行ったの?」。「わしゃ知らん」。テドは、リュックを背負い、黙って立ち去ろとする。伯母は、「これからどこに行くんじゃ?」と訊く。テドは、大きく肩をすくめる。次のシーンは、伯母の掘立小屋の中。ストーブの上に置いた洗面器の湯の中には、卵が2個入っている。テドは、「奥さんの名は?」と訊く。「リーダ。下の階に住んどった。親爺さんを責めるでないぞ。しょうがなかったんじゃ。アブハジア人の奥さんがいたんで、生き逃れられたんじゃからな。それに、看病してくれるもんも入用じゃった。娘っ子が2人できた」。茹で上がった卵をテドの前に置きながら、「お前さんには、妹が2人おる。優しくしておやり」と言う。しかし、どこにいるかも分からないのでは、何もできない。
  
  
  

テドは、山を下り、気嵐(けあらし)の霧の立ち昇る沼の横を歩き(1枚目の写真)、次のシーンでは鉄道の通っている低地まで戻っている(2枚目の写真、矢印)。テドが、林の中を横切る線路を歩いていると、笛の音が聞こえてくる。何だろうと思い、線路から外れて、木の下をくぐり、音のする方に近づいて行く(3枚目の写真)。
  
  
  

林の中で4人の兵士達が暇そうに座っている。すると、銃声が一発響き渡る。1人の男が、「何を捕まえた?」と訊く。「兎だ!」。「何だと?」。「変な兎を捕まえた」。そう言って連れてこられたのは、テド。乱暴に、地面に突き飛ばされる(1枚目の写真、矢印)。テドは、泣き始める。「誰なんだ?」。「チビ兎だ」。一人の男が、テドの肩に手を置き、「泣いとるのか? 恥を知れ!」と叱る。テドをここまで連れて来た男が、「名前を言え」と言う。テドが答えないと、頭を叩いて 「ここで、何しとる?!」と叱り、テドの泣き声はさらに大きくなる(2枚目の写真)。別の男が、その乱暴なやり方を諫め、「坊主。怖がるな。名前を言え」とテドに言う。テドは、ここで、口と耳と手ひらひらの聾唖者サインをする(3枚目の写真)。「可哀想な子じゃないか!」。乱暴で生意気な若い男は、「おしでつんぼの兎なんて見たことあるか?」と言い、みんなを白けさせる。最初に優しい言葉をかけた音が、パンとソーセージの切れ端を差し出し、「食べて、泣き止め」と言う。テドが食べ物を手に取ると、男は髪を撫で 「可哀想に」と言う(4枚目の写真)。しばらくして、乱暴な男が 立ち上がり、コサックダンスを始める。そして、テドを無理矢理立たせ、踊るように催促する。もう一人もそれを促し、テドは仕方なく真似して踊り始める(5枚目の写真)。
  
  
  
  
  

このコサックダンスのシーンは50秒続く。すると、踊っているテドの顔がクローズアップされ、動きが止まり、いつものように堅く目を閉じる(1枚目の写真)。すると、画面は一変し、かつて、チュパクがシンナー遊びをしながら言っていた言葉の中から、キリンとシマウマが登場し(2枚目の写真)、映画は終わる。最後のシーンにどんな意味があるのかは、残念ながら分からない。DVDに入っている監督の40分以上にわたるインタビューにも、この説明は出て来ない。彼が語ったのは、「私は、テドがお父さんを見つけることを心から願っています」(たどたどしい英語)という、曖昧な言葉だけ。
  
  

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